5.子育ての行きづまりの中から見い出した道
藤井 妙子(清瀬グレースチャペル会員)
夏のぎらぎらとした昼下がりの教室、むき出しにした二の腕を大きく後ろに反らすと同時に、相手の顔面にパンチ!。
相手の女の子は泣き、私はいつものように勝利感に浸っていた。
小学校五年生の時だった。

喧嘩っぱやかった。
気性が激しく事あるごとに暴力をふるい、たけだけしい言葉で相手をののしった。
そんな時、きまって私の頭の中のスピーカーが怒鳴っていた「バカにするな!」

白い目で見られるみじめな幼い頃をすごした九州の片田舎、不遇な家族が軒をつらねてくらしていた。
息子がやくざになった母子家庭、時たま訪ねてくる愛人を待つ母と子。
どの家族もわけありで、哀しかった。

水商売の母が家を出たのは私が八歳の時だった。
父は再婚した。
以来、父、養母、姉と私の4人の生活が続いた。

高校を卒業し、就職、結婚。
夫はとてもやさしい人で幸せな結婚生活がはじまった。
ところが子供が生まれたとたん、一変して暗い影がさしてきた。

「子供ってどうしてこんなに可愛くないの?
思いどおりにいかないのはなぜ?
どうして私は子育てがうまくないの?
一体どうして?誰のせい?」

犯人探しはそう難しくなかった。
「私を捨てた母だ。私の激しい気性は母のせい、人間関係をうまく結べないのも母のせい。」
人生の全ての汚点は、私を捨てた母のせいだと思っていた。

二人目の子供が二、三歳になると、子育てが更に苦しくなった。
そんな時、上の子供の小学校で、同じ役員として知り合ったのが菅谷姉(今の教会の牧師夫人)。
今まで知合った人とはどこかが違っていた。
確かな土台、内面からほとばしり出るかがやき。
「この人なら何でも話せる、この人なら決して裏切らない。」
そう思えた。
親密な関係に入っていくのに、そう時間はかからなかった。

一対一の聖書研究を始めて後、ある雨の日、下の子はテレビの幼児番組に見入っていた。
私はコーヒー片手に、勧められていた暗唱聖句でもやろうと思って、テーブルの隅においてあったクリスチャン新聞の福音版に目をやると、
 「神は、実にそのひとりごをお与えになったほどに、世を愛された。
それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」
ヨハネの福音書3:16が大書されている。
何十回も口にして、「やっと暗記できた」と、ほっとしてテレビに目をやると、画面に川の流れが大きく映し出されていた。

そのとき、むかし母が好きでレコード盤がすりきれるほど聞いていた当時の流行歌、仲曽根美紀の「川は流れる」のメロディーが、人生のはかなさを歌ったあの歌がよみがえってきた。
 「母が好きだった歌!」と思った瞬間、言葉にできない何か大きな力、どんなにもがいても逆らうことの出来ない、とてつもない存在感につき動かされて、思わず、「赦してください!母を憎んでいたことを!」と心で叫んでいた。
聖句の意味も知らない、御子が誰かも知らない者を、神様はこれほどまでに憐れんでくださり、悔い改めにまで導いてくださった。 「みじめな自分」という重荷を負い、苦しい日々を一日また一日と足を引きずるように生きて行く生き方は終わった。
劣等感にさいなまれ、心に刃物をしのばせるような生き方も、もうやめてもいい。
せっかく温めた人間関係を、「馬鹿にするな」と切っていく事もしなくていい。
神様に身を委ね、「あなた様のお示しになるところへ参ります」と従ったアブラハムのように、ただ、導かれればよい。

なんと素敵な人生なんだろう。