6.地獄ではなく、栄光の神の国へ
望月 直子 / 洛西キリスト教会員
< 教会へ行くきっかけ >

 私が「教会へ行ってみよう。聖書を読んでみよう。」と思ったのは、職場で、ある人から「お前みたいな生き方をしていると、その内地獄へ落ちる。」と言われた事がきっかけでした。
当時の私は、その言葉を耳にした時「何でそんな事を他人から言われなければならないの?」と気分を害していたのですが、日が経つにつれて、だんだんと地獄へ落ちる事を恐れるようになってきました。
ただ、どうやって地獄へ落ちるのを阻止すれば良いかは分からなかったのですが。そんな時、たまたま家のポストに『幕屋』発行の小冊子を見つけ、それを見た瞬間、「これだ!!」とひらめきました。
「教会へ行って聖書を読もう!!」って。

 < 教会の集まりに参加 >

 教会は子供の頃に1年ぐらい通った経験があったのですが、当時の記憶はほとんどなく、ネットで探した時、教会インフォメーションサービスという団体を見つけ、そこで紹介していただいたこちらの教会の礼拝に初めて出席させて頂いた時には、正直言うと、この雰囲気には付いていけないかも・・・と思ったのが第一印象でした。
大きな声で賛美するなんて私にはできない事だと思いましたし、信仰を持たれている他の方々に混じって『主の祈り』や『使徒信条』を読み上げる時には自分が何だか場違いな風に感じられたのです。
ですので、聖書を入手してからは、教会からだんだんと足が遠のいてしまい、遂には全く行かなくなってしまいました。

 < はじめ私にとって教会は場違いな所でした >

 教会へ行かなくなって数日が過ぎた頃、長谷川博子さんから絵葉書が送られてきました。「長谷川さんって誰?」その時私は、私の事を気遣って葉書を送って下さった方がどの方なのか、さっぱり分かりませんでした。
でも、それをきっかけに長谷川さんとメールの交換をする様になり、後には「又教会へ行ってみよう!!」という気持ちまでも湧き起こってきました。
その頃の私は、自分が地獄へ落ちる云々より、長谷川さんという一人の女性に興味を持っていた様に思います。
と言うより、長谷川さんが信じる神様に興味を持っていたのかもしれません。長谷川さんがメールに書いておられた神様像は、私が聖書を読んで理解していた神様像とは全く違っていたのです。
 再び教会へ通うようになってからも暫くは、神様の事を信じる気持ちにはなれませんでした。自分が場違いな所にいるという印象は相変わらず持ち続けていましたし、聖書を読んでもただのおとぎ話の様にしかとらえる事ができなかったのです。
ですので、毎晩惰性の様に繰り返していたお祈りには少しも気持ちが込もっていませんでした。

 < ハムスターの目が癒された!! >

 ですがこんな私も、今年の初め2年間可愛がってきたハムスターの目玉が飛び出してしまった事をきっかけに真剣に祈るようになりました。
目玉が飛び出して瞼を閉じる事ができなくなったハムスターの姿は見るも痛ましく、獣医さんの診察によると、「このまま放っておいたら眼球は飛び出すか萎縮して無くなるかのどちらかになるので、眼球摘出手術も考えた方が良い。」との事。
たった30gのハムスターが手術?!私は耳を疑いました。その上獣医さんは、「ハムスターの2歳と言えばかなりの高齢だから、仮に手術が成功したとしても、麻酔から覚めた後の痛みに耐えられるかは保証ができない。」とも言われたのです。外科的治療か内科的治療かの選択を迫られた私は、期待薄だとは思いながらも、取りあえず内科的治療を選択し、抗生剤入りの目薬と飲薬を貰って帰りました。

その日から私は、真剣に神様に祈るようになりました。神様がおられるのかおられないのかは分からないけれど、ハムスターを救う為なら藁にもすがる思いだったのです。私の祈りはこうです。「神様、メル(ハムスターの名前)の目を治してやって下さい。もしメルの目が治ったら、私はあなたの存在を信じます。」今思うと、まるで神様を試みているかの様な祈りで恐れ多いのですが、ハムスターの回復を心から願っていた私は、一心に祈りました。
するとどうでしょう、祈り始めて数日後、ゲージを覗いてみると、そこには以前と同じ愛らしい姿のハムスターが気持ち良さそうに眠っているではありませんか。

私は驚き、そして喜び、そして戸惑いました。
これは薬の効果なのか?それとも神様がなされた業なのか?どちらとも判断がつかなかったからです。
そしてその頃から私は、再び地獄の存在を意識する様になりました。
もしハムスターの目が治ったのが神様がなされた業だとしたら、未だに神様の存在を信じきれていない私は、永遠の地獄へ落ちるのではないかと不安になったのです。
ただ、ハムスターの目が治った事に神様が関わって下さっていた事は、その後簡単に知る事ができました。数日後再度ハムスターを診察してもらった時、獣医さんがおっしゃったのです「奇跡だ!!」と。
獣医さんは、私に渡された薬の効果に期待を持っておられなかった様でした。

 < ああ、神様は本当におられるのだ >

 神様の存在を信じるようになってからも、私は何か釈然としないものを感じながら礼拝に出席していました。
その頃の私は、礼拝に出席してはいるものの、喜びに満たされるという感覚が全く無かったのです。
礼拝の時には「何故他の方々はあんなに嬉しそうに賛美できるのだろう?私に足りないものは何なのだろう?」とそんな事を考えて過ごす様になりました。
以前長谷川さんに「望月さんには望月さんの時があるから。」と言っていただいた事があったのですが、そんな『私の時』は永遠に来ない様な気さえしていたのです。
そういった自分の疑問や不安を奥村先生にお伝えしたところ、「信じるとはどういう事なのか、一緒に学びましょう。」と学びの時間を設けて下さる事になりました。
第一回目の学びの内容は当時の私にはかなり難しく、理解するどころかパニックになったのを今でも憶えています。
でも、その日から確かに私は変わりました。
信仰告白をした事で気持ちに変化が起ったのです。
そして家に戻ってからテキストを何度か読み返している時、ふと気付いたのです。
ああ、神様は本当におられるのだと。
そして私の過去に起こった様々な事柄の中で「偶然」とか「運が良かった」と解釈していた出来事にも神様が関わって下さっていたのだと。
その時、それまでに何度か耳にしていた『神様のご計画』という言葉の意味が解った様な気がしました。神様はこんな私にさえも計画を持っておられ、沢山の恵みと愛を注いで下さっていたのです。

 < 以前のわたし >

 自分が神様に愛されている事を自覚するようになってから、私の生活はすっかり変わってしまいました。
それまでの私は思いつきで行動し、思ったままを口に出し、実に沢山の人を傷つけていた様に思います。特に母親に対しては血が繋がっているからという甘えもあってか、容赦なしに自分の思いをぶつけていました。生まれつき悪い足の事も、まるで母親に落ち度があるかのように、物心付いた時から責め続けていたのです。
又主人に対しても同様で、主人が言い返してこないのをいい事に、言いたい放題言っていました。
時には言うだけでは気が治まらず、姑からプレゼントされた食器をわざと割ったり、主人の枕を踏みつけたり。私は家事が嫌いという理由で、日々主人や物に当り散らしていたのです。今思うと、私って何と罪深く醜い人間だったのでしょう。
私の醜い性格は職場においても表れていたのだと思います。私は「地獄に落ちる。」と他人から言われても仕方のない様な人間だったのです。

 < イエス様を信じます、と告白したら、、、 >

 「清く正しい神様が、こんなにも自分本位な私を見捨てる事なく沢山の恵みと愛を注いで下さったのは何故?」と疑問に思った時、やっとイエス様の十字架の意味が理解できました。
イエス様が私の罪と罰を受けて十字架の上で死んで下さったから、私は既に赦されていたのです。何度目かの学びの時、イエス様が十字架の上で二重の死を経験された事を知りました。
第1の死は霊の死である神との断絶、第2の死は肉体の死。十字架の上で亡くなられる瞬間、完全な人間となられたイエス様の苦痛を考えた時から、それまでおとぎ話の様にとらえていた聖書を、全て事実に基づいて書かれているのだと信じる様になりました。私は聖書に書かれている神様こそが唯一の神様であり、イエス様が十字架の上で亡くなられた事、又3日後に復活された事を信じます。
そして罪無きイエス様が私の身代わりとして死んで下さったお陰で私の罪が赦され、神の子としていただき、永遠の命を得られた事に心から感謝します。

 < あたらしい私 >

 神様を信じる様になってから、何をするのも楽しくなりました。
今までは嫌々やっていた家事さえも楽しみの一つとなり、一番の苦手としていた料理でさえも苦痛ではなくなりました。
神様が与えて下さる旬の食材を自分の好きな様に調理し、またそれを喜んで食べてくれる家族がいるのは有り難い事だと気付いたのです。
それに、朝早くから仕事へ出掛ける事も、以前の様に億劫には感じなくなりました。元気で働ける職場がある事、又人から信頼されて仕事を任されるという事は大変な喜びであると気付いたのです。
過去の私は、『お金持ち=幸せ』と考えており、洋服を買ったり旅行へ行ったり贅沢な食事をする事でしか幸せを実感する事がありませんでした。
でも今は、神様の恵みを受けながら平穏無事な生活を送れる事が何よりの幸せだと感じる様になりました。

 < 父にあらわされた神さまのみ業 >

 それから今年の2月、急性心筋梗塞になった父の心臓に穴が開いてしまい、不安な日々を送る事になったのですが、その時も神様に祈る事によって救われました。
父は本来ならばすぐにでも手術をしなければならない病状だったのですが、以前より出血が止まらない症状の難病を患っていた為、すぐに手術を受ける事ができませんでした。
又手術前の検査では父の心臓に日本で過去42例しか確認されてない大変珍しい奇形がある事が判り、お医者様からは「困難な手術になる。」との説明を受けました。
以前の私がこんな状況に置かれたなら、きっとパニックに陥っていた事でしょう。
でも既にその頃の私は、「不信仰だった頃の私にさえ沢山の恵みと愛を下さった神様は、きっと父にも良くして下さるだろう!例えどんな結果がもたらされたとしても、それが私にとっては益となるんだ!」と信じる事ができたので、祈る事により不安な気持ちが慰められました。
又、奥村先生を始め、信徒の皆さんが祈って下さった事も、父と私にとっては大きな励みになりました。教会の方々が「祈る」と言われた時には、本当に祈って下さるのだと分かっていたからです。
父の手術は無事に成功し、術後の回復も予想以上の早さでした。
退院して間もなく父からメールが届いたのですが、そのメールには「今、こうして生きていられるのは、直子のアーメンのお陰かも・・・」と書かれており、驚くと同時にとても嬉しく思いました。

 < 聖書の御言葉のすばらしさ >

 『神はどのような苦しみのときにも、私たちを慰めてくださいます。こうして、私たちも、自分自身が神から受ける慰めによって、どのような苦しみの中にいる人をも慰めることができるのです。』(コリント人への手紙 第二 1:4)
 聖書の中にこの御言葉を見つけた時、神様がなさる事の素晴しさを改めて感じました。神様は、私だけではなく父をも慰めて下さり、そして病の苦しみの中から父を救い出して下さったのです。
いつの日か、大好きな父が私と同じ信仰を持ち救われる事を願って止みません。
先日の学びのテーマは『バプテスマ(洗礼)』でした。その日の学びをしながら、私は自分がバプテスマというものを大きく誤解していた事を知りました。
私は、バプテスマとは完璧なクリスチャンが受けるものだと解釈しており、私のような者にはまだまだ先の話だと思っていたのです。
でも奥村先生から『バプテスマとはクリスチャン生活のスタートである』という事を教えていただき、それならば私も、是非バプテスマを受けさせていただきたいと切に願う様になりました。
私はバプテスマを受け、生涯イエス様の弟子としてイエス様の教えに従って生きたいと願っています。

 < 感 謝 >

 最後になりましたが、いつも私の疑問に丁寧に答えて私を私に合った方法で導いて下さった奥村先生に感謝します。
又、いつも温かい励ましを下さった長谷川さんに感謝します。
そして私の救いや父の病気からの回復を祈って下さった教会の方々全てに感謝します。本当に有難うございました。
         
(これは洗礼式のときに発表した証です )